新星景写真(固定追尾合成法)

固定追尾合成法は、2009年に木村芳文によって開発された星景撮影技術で、撮影された作品は新星景写真と呼ばれている。
技術開発の目標は、夜間撮影の悪条件を理由として画質低下に甘んじることなく、日中撮影に迫る高画質を達成することだった。
木村芳文は技術公開して普及に努めたきたが、最近は他の写真家によって同手法で撮影された優れた作品が発表されるようになってきた。




星景写真では高ISO感度を使い数十秒程度までの比較的短い露光で星を止めて写す方法が、現在の主流と言えるが、たとえ数秒の露光時間でもその露光時間分だけ星が流れてしまう。また、高ISO感度と解放近くの絞り値を使用せざるを得ないため、画質的な問題が大きい。
固定追尾合成法を使用した新星景写真では、現実的に選択できる機材を使用して、このような不具合を解消することができる。

撮影
東の空を写すことを前提に、撮影プロセスを解説する。
・カメラは正しく設置した赤道儀にセットする。
・構図は、地上風景が狙いの位置になるようにセットする。
・撮影する(赤道儀は停止:固定撮影)。
 →地上は静止して星は露光時間分流れたショット(固定フレーム)が得られる。
・目標とする天体(天の川など)が構図内の所定の位置に来たときに赤道儀の追尾スイッチを入れる。
・撮影する(赤道儀は天体追尾中:追尾撮影)。
 →天体は静止(星は点像)地上風景は流れたショット(追尾フレーム)が得られる。
・前述の固定フレームから地上風景部分を抽出したものと、追尾フレームから天体部を抽出したものを合成する。
・赤道儀で天体追尾を開始した瞬間(再現時間)に撮影したのと同じ構図の画像が完成する。

全プロセス中でカメラの方向は赤道儀の天体追尾による動き以外の要因では変更しない。また光学系の画角も変更しない。こうすることで、地上部と天体部の位置や大きさの関係は妥当なものになる。もしも、未来の超高性能なカメラで撮ったら同じ構図が得られるはずだ。
西の空を撮影する場合の追尾撮影は、時間とともに天体が地平線に没していくので、追尾撮影の前段階で、目的の天体が再現時間にあるべきところまで赤道儀を逆転させて、追尾撮影は再現時間の前に完了させなければならない。
南の空を撮影する場合の追尾撮影では、再現時間の前・後で、それぞれ東の空・西の空に欠損ができるので、追尾撮影の前段階で赤道儀を逆転させて、再現時間をはさむ前後の時間帯に追尾撮影を実施する。
固定撮影は追尾撮影の前でも後でも実施可能だ。
固定フレームと追尾フレームをなじませるために、地上付近に存在する人工光の立ち上がりを記録したショット(光害フレーム)が必要になる。固定フレームや追尾フレームを光害フレームとして兼用できるケースが多いが、撮影時に意識しておかなければならない。
いくら赤道儀を使用しても夜間の撮影であるので、画質の悪い高いISO感度を使わざるをえないが、本格的な天体撮影テクニックを応用して、画質良化が可能だ。
役に立つ天体撮影テクニックをあげる。
・複数ショットを加算平均合成することによる、高感度ノイズに代表されるランダムノイズの低減。
・ダーク補正による、固定パターンノイズの低減。
・デザリング撮影による固定パターンノイズの低減。
・フラット補正による、レンズ周辺減光の解消。

画像処理
固定フレームと追尾フレームの合成は、低空の透明度が悪いなど条件によってはブラシで曖昧なマスクを作るだけでもよい結果を得ることができるが、様々な条件に対応するためには、地上と天体を明確に2値分離できるスキルが必要になる。
2値分離マスクは、固定フレームをコントラスト強調して空を白トビさせて作ることができるが、細かな木の枝が空に張り出していたり、地上風景が雪山で空よりも明度が高いなど、一筋縄ではいかない場合が多く、臨機応変な対処が必要になる。
天の川や星雲を鮮やかに浮かび上がらせるには極端な強調処理が必要になるが、普通はノイズや光害成分が一緒に強調されて、天の川などの天体部を強調するためのボトルネックになる。激しい強調を実施するには、加算平均合成によるノイズ低減、カブリ処理で光害を取り去る、フラット処理で光学系に起因するムラを取り除く等の前処理が不可欠だ。加えて、激しい強調処理から星像を保護する星マスク、星雲の色彩コントロールに有用な星雲マスクなど、部分選択技術が役に立つ。
複数ショットを素材にできることは固定追尾合成法の強みの一つだ。その強みを生かすためには、様々な天体画像処理のスキルが必要だ。風景撮影から入ってくる人は、新しく学ばなければならないが、苦労する価値はあると思う。
固定追尾合成法の画像処理は、合成作業を伴い目に見えない天体を表現するという特殊性がある。それ故に、処理結果の妥当性を慎重に評価しなければならない。昨今の風景写真には、現像ソフトの補正ブラシをゴリゴリ使ったようなものが散見されるが、同じ感覚で処理した天体写真は、自由な表現方法の一つとして否定できるものではないが、他の写真と同列に並ぶことができないものになる可能性があると思う。
私はこの文章を書いている段階では、加算平均前のアライメントにPixinsight、ダーク・フラット処理にRAP2もしくはRStackerを使う他は、ほとんどの処理をPhotoshopで実施している。天体画像処理専用のソフトは強力であるが、固定追尾合成法を前提に開発されたものではないことに起因する不便を感じる。

撮影計画
新星景写真は1カットに要する撮影プロセスが長時間になるため、事前の撮影計画が重要になる。
広角レンズで固定フレームと追尾フレームを数枚であれば、赤道儀設置作業を含めて数十分で撮影完了できるため、現場で天体と地上風景の位置関係を見極めてからでも間に合うケースが多い。地上風景優先で構図を整えてから、赤経軸を正逆に回転してその地上風景に対して天体がどのような位置に来るかを確認した上で構図調整といった方法が使われる。
ところが、高画質を追求して数十枚も加算平均するようになると撮影プロセスが数時間に及んでくる。望遠レンズを使う場合は、地上風景と天体の位置関係がわずかな撮影位置の移動で大きく変わることになる。このような場合、撮影現場で何をどう撮るかを考える余裕はなく、事前に計画したプロセスを遂行するだけでやっとのことがほとんどだ。
私が実際に使用しているシミュレーションソフトはステラナビゲータである。私の知る限りでは、天体・地形・地図を相互に連動させることができる唯一のソフトだ。
出発前には構図と露光スケジュールを詳細に検討し、撮影現場ではGPS連動で現在位置に対する地上と天体の位置関係をリアルタイムに把握しながら、撮影場所の微調整と不測の事態への対処を実施している。


2020年5月31日 木村芳文写真集 天と地と白山の巻末の解説を加筆訂正